学校法人愛知ルーテル学院 名古屋ルーテル幼稚園

1月の聖句

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今月の

光の子として歩みなさい。

エフェソの信徒への手紙 5章8節


 「光の子」って、どんな子でしょうか。光の子であることからすぐにこぼれ落ちてしまう子なのです。何故なら、そのように歩みなさいと、あえて言われているからです。あえて言わなければ、すぐに闇に戻ってしまうからです。光であるということは簡単ではないのです。しかし、簡単なのです。

 光であることは、光を受ければ良いのですから簡単です。しかし、闇にも簡単になります。自分で働けば良いからです。聖書が語る闇は、人間が自分の力に自信を持って、神に頼らないことです。神に頼ることは簡単ですが、闇にとっては簡単ではなく、難しいことです。自らが何もできないと認めなければならないからです。

 子どもたちが闇に留まるのは、自分が恥ずかしいことしていると何となく分かっているからです。それで、光に照らされて、明るみに出されることを恐れるからです。わたしたち親も、そのように生きていることを知っているのです。だから、子どもたちが闇に捕らわれないためには、わたしたち親が闇から解放される必要があります。

 闇であることを認めたとき、光になっています。闇が光だと思い込んでいるとき、闇のままです。わたしたち人間は、闇である自分を光だと思いたいのです。自分の力で、光になり得ると思いたいのです。しかし、それは闇の業。闇に留まることなのです。闇である自分を認めたとき、光に照らされる自分を受け入れることが可能となる。そのとき、その人は光となっている。

 光の子として歩むとは、そのように生きていくことなのです。こどもたちが闇から解放され、ありのままの恥ずべき自分自身をさらけ出せるようになるとき、彼らは光です。わたしたち親も、光の子として歩むことを求めて行きましょう。

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