学校法人愛知ルーテル学院 名古屋ルーテル幼稚園

4月の聖句

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今月の

互いに愛し合いなさい。

ヨハネによる福音書 15章12節


 人は愛されたように愛するものである。愛された経験のない者は愛することを知らない。愛は経験である。自分が如何に愛されたかによって、愛することを学ぶ。愛するためには、愛されることが必要である。幼いときに愛された経験が、自分の愛の基準になる。親や大人からの愛が、こどもたちの基準になる。

 ここでイエスが制定した「互いに愛し合いなさい」という掟も、イエスの愛に基づいて制定されている。これは強制ではなく、イエスが弟子たちを愛した愛が基準となっている掟である。イエスの愛は、弟子たちのために命を捨てる愛である。十字架の上で命を捨てる愛である。この愛を受け取っている者は、必然的に「互いに愛する」ことを生きるようになる。

 この愛を受け取る者は選ばれている者である。選ばれているがゆえに、必然的に愛する者とされている。親子の関係も選びである。自分から親を特定して産まれる者はいない。神がこの子とこの親とを選び、結びつけるから、我々は生まれてくるのである。この「選び」を親子で生きるとき、「互いに愛し合いなさい」という掟を生きることが始まる。

 わたしにこの子を与えたのは神の愛なのだと受け取る親は、自分の恣意に従った愛し方はしないであろう。むしろ、自分の命を与えるように、この子のために生きていく、イエスの愛と同じように。このような親の愛に基づいてこそ、こどもたちは「互いに愛し合いなさい」という掟を学んで行くのである。

 ということは、まず我々大人が、イエスの愛を受け取っていることが必要になる。イエスの掟「互いに愛し合いなさい」を大人が生きているとき、こどもたちは必然的に愛し合う者とされていく、イエスの十字架の愛に基づいて。

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