学校法人愛知ルーテル学院 名古屋ルーテル幼稚園

5月の聖句

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今月の

父と母を敬いなさい。

エフェソの信徒への手紙 6章2節


 我々人間は、父と母から生まれる。父と母は、自分が産みたい子を生むわけではない。こどもも、父と母を選ぶことはできない。我々人間は、自ら選んで、生み、生まれるわけではない。そこには、神の意志があるのだ。この世界の創造の際に神が言われた「極めて良い」(創世記1:31)という在り方を望む意志である。

 「極めて良い」とは「良い」の最上級であるが、「良い」とは「美しい」ということである。調和している姿が「美しい」のである。神が最初に創造した世界は極めて調和して生きている世界であった。神が造られたようにある世界が美しい世界である。その世界の中では、神が造られたものが神の意志に従って生きている。この世界の中で「父と母を敬う」ことも生じるのである。

 わたしを母の胎の中に、形作り、生みだしてくださった神が望むことは、わたしが造られた意志に従って生きることである。その神の意志が「父と母を敬う」在り方に現れているのである。この言葉は、モーセの十戒の第4番目の戒めである。3番目までは神に対する人間の在り方が語られ、4番目以降は人間同士の在り方が語られている。その最初の戒めが「父と母を敬え」である。神に造られた者として生きるということは「父と母を敬う」ことから始まるのである。それが美しいことなのだ。人との調和の源泉が「父と母を敬う」ことなのである。

 それゆえに、父と母が自らの「父と母を敬う」姿を示してこそ、こどもたちにも「敬う」心が育まれていくのである。親が生きているように、こどもたちは生きる。親子が調和して「美しい」姿を生きていくとき、こどもたちのうちに神のはぐくみが形を取っていくであろう。美しいこどもたちとして生きていくこどもたちのために、我々親も「父と母を敬う」ことから始めよう。

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