学校法人愛知ルーテル学院 名古屋ルーテル幼稚園

7月の聖句

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今月の

神は何でもできる。

マタイによる福音書 19章26節


 「神は何でもできる」と言われると、「神さまならそうでしょ。でも、わたしは人間だから、できないよ」と思ってしまう。しかし、この言葉は原文ではこうである。「神と共に、すべてのことは可能である」。つまり、神と共にある次元では、可能なることしかないという意味である。これに反して、「人間と共には、これらのことは不可能である。」と言われている。人間と共にある次元とは、人間が考える人間の能力だけの次元である。この次元においては、誰でも自分の能力から考えて、「それはできない」とか「無理」とか言う。それはそうである。しかし、神と共に生きる存在においては、神の可能とする力が信頼されているので、人間的に不可能だと思えることも、神が可能としてくださると信じることができるのである。信仰においては、すべてが可能である。

 不可能という言葉は、可能に否定辞「不」が付けられている。不と考えるのは自分の判断である。やってみなければ分からないことも、我々は「無理」と言ってしまうことが多い。確かに、自分の能力を考えれば、これまでできなかったのだから、できるはずがないと思える。ところが、我々が「やってみよう」と思えたときには、自分の能力以上のものが現れるのである。この思いを神が与え、神が実現してくださると、使徒パウロが語っている通りである。

 子どもたちの成長も今まで不可能と思えたことが可能となることである。子どもたちの成長は「可能」が現実態になることである。親は、現実態から考えて「不可能」だと思ってしまいがちである。しかし、「可能」は神と共にある。それゆえに、子どもたちの現実態から考えるのではなく、神と共にある「可能」を信じることが必要なのである。そのとき、我々は子どもたちの成長を妨げることなく、子どもたちのやりたい気持ちを支えることができるであろう。

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希望の神に支えられ

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