学校法人愛知ルーテル学院 名古屋ルーテル幼稚園

6月の聖句

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今月の

風は思いのままに吹く。

ヨハネによる福音書 3章8節


 「風」は風として吹いている。風を捉えることは誰にもできない。風はどこから始まるのか、どこで終わるのかも分からない。ただ、風が吹いていることだけを我々は感じる。それが風である。イエスは、霊から生まれた者のことを「風」と表現している。誰にも理解されなくとも吹いている風。誰にも認めらなくとも吹いている風。誰からも誉められなくとも吹いている風。人間がそのように生きるならば、争いはなくなるであろう。ただ、神が吹かせるように吹いていく。神が生かすように生きて行く。それだけで良いのだ。

 我々人間は本来、神が生かすように生きるべく造られていた。それが、自分が望むように生きたいと思うようになった。誰かが望むように生きることで、誰かに誉められることを知った。そして、自分や誰かの奴隷になってしまった。自由を奪われて、自分を失ってしまうことになった。それが、アダムとエヴァの堕罪である。これを我々はこどもたちに教え込んで、育てる。

 みんなと同じように吹くようになって、良い風になったと思うようになった。風は神が吹かせるように吹くものなのに、同じように吹く風にしようと躍起になる親によって、こどもたちは自由に吹くことができなくなる。自分らしく生きることができなくなる。親の思いに従って吹く風は扇風機と一緒。思い通りに吹いていれば、親は安心する。こうして、我々は扇風機を作り出している。

 こどもたちは神から吹いてくる風のように生きるべきなのだ。彼らは自分でも分からないが、吹きたくて吹いている。本来、我々親もそうだったはず。こどもたちが我々のようになって欲しくない。我々がこどもたちのようになるべきなのだ。彼らが思い思いの方向に自由に吹いていく風になりますように。

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