学校法人愛知ルーテル学院 名古屋ルーテル幼稚園

2017年度の聖句

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今月の

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。

テサロニケの信徒への手紙一 5章16節~18節


 「感謝しなさい」と言われると反発を感じる。「喜びなさい」なんて人に言われて喜べるもんじゃないと思う。「祈りなさい」ってどうして命令されなきゃならないのかと思う。聖書には命令形の言葉が多い。神さまは何でも命令すると思える。しかし、神さまの命令の言葉は神さまの意志。神さまがこうあって欲しいと願っておられること。それは、創世記の天地創造の記事においても同じである。

 神さまの言葉が語られると、そのようになる。これが神さまの命令形の言葉としての神さまの意志である。ということは、感謝しなさいと押し付けているのではなく、感謝する者になって欲しいと願っているのでもない。むしろ、神さまが命令する言葉は、わたしたちをそのように造りたいと願っておられる心なのである。ヘブライ語の命令形の言葉は、未完了態なので未来形でもある。つまり、「感謝しなさい」は「感謝するであろう」という未来を語っているのである。神さまの意志が語られたのだから、あなたがたは感謝する者として造られるであろうということである。これは、神さまの意志がわたしを造るということを信じることなのである。

 神さまが「感謝しなさい」と言えば、わたしは感謝するようになるであろう。「喜びなさい」と言えば、喜ぶようになるであろう。「祈りなさい」と言えば、祈るようになるであろう。そう信じるとき、すでにそうなる過程にある。これが神さまの命令の言葉に従うということなのだ。

 神さまの言葉を信じるとき、こどもたちは喜ぶ者になる。祈る者になる。感謝する者になる。こどもたちのうちに神さまが信じる心を起こしてくださる。こどもたちは神さまが善い者として造ってくださる。こどもたちの今を喜び、将来を信じ祈り、感謝する保護者、保育者でありたい。

チャプレン 末竹十大

年主題

さあ、漕ぎだそう 奏でよう