学校法人愛知ルーテル学院 名古屋ルーテル幼稚園

2月の聖句

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今月の

すべての良いものをあなたがたに備えてくださるように。

ヘブライ人への手紙 13章21節

 


 「備える」ということは、将来に向けて「整える」ことである。この原語の意味は「繕う」という意味であり、欠けや破れを繕い、整えることである。この言葉は、「良いもの」を備えると訳されているが、原意は「良いものの中で」繕い、整えてくださる神を語っているのである。「良いもの」とは、本質的に善いもののことであり、絶対的な善さである。
 我々人間は、自分にとって良いものを考える。しかし、絶対的な善さには、人間にとって都合が悪いものや嫌なものも含まれている。何故なら、人間が「良い」と判断するものだけではないからである。神が造られた世界は「極めて良し」の世界であったと創世記1章の終わりには記されている。この世界を「善」と「悪」に分けるのが罪に染まった人間の知恵である。この知恵は、自分にとっての「善」しか認めない。それゆえに、神の「善」を認めることができず、神の「善」を矮小化することになる。神の「善」は、すべてを包含する完全性の中にある。これを聖書はシャロームという言葉で表した。
 シャロームとは、「平和」と訳されたり、「平安」と訳されたりするが、完全性を表す概念である。欠けのない状態がシャロームなのである。このシャロームは神のものであるがゆえに、人間が神との関係を回復されるならば、シャロームに入っているのである。いや、実は常にシャロームはあるが、人間が自分の都合で「悪」と考えているだけである。神は、人間の欠けを繕うために、シャロームで多い、整えてくださっているのである。これを受け入れられないのが人間の罪である。
 こどもたちも、神のシャロームの中に生かされている。親は、こどもたちの欠けを自分で繕うことを求める。そのときには、親の「善」がこどもたちを支配する。そして、親の欠けた「善」に偏ることになるのである。むしろ、我々親は、神のシャロームの中にある自分とこどもたちを知らなければならない。そのとき、神ご自身がこどもたちを育んでくださることを知るであろう。神のシャロームがすべてを善いものとしてくださる。信頼して生きて行こう。

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