学校法人愛知ルーテル学院 名古屋ルーテル幼稚園

8月の聖句

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今月の

実に、キリストはわたしたちの平和であります。

エフェソの信徒への手紙 2章14節


 平和というのは関係概念です。両者の間の関係が共存関係にあるとき平和だと言えます。両者の間に排除する壁があるとき、「仲間」という同盟関係が築かれていくのです。このとき「仲間」に入る人を広げていけば「平和」が広がるとわたしたちは考えます。それが「平和のための戦争」という矛盾を引き起こすのです。

 「仲間」は「平和」の土台にはなりません。そこに入れるか入れないかを決めるのは「仲間」のうちにいる人たちだからです。人間が決める仲間の基準に従っているかぎり、すべての人が入るわけではありません。なぜなら、「仲間」はすべての人の中から自分たちで選んだ「仲間」だからです。この場合、「仲間」と「そうではない人」の間に「仕切の壁」が作られているのです。

 エフェソの信徒への手紙を書いた人は、この「仕切の壁」を解体したお方がキリストであると述べています。キリストは「仕切の壁」である「敵意」を、十字架を通して殺したと著者は語ります。キリストは人間たちの「敵意」によって十字架に架けられましたが、「敵意」をご自分が引き受けることによって、「敵意」をすべてご自分のうちに飲み込んだのです。こうして、一人ひとりが神との間に「平和」を得るようにしてくださいました。神との関係が「平和」である人は、すべての人を神との関係において見ます。一人ひとりが神との関係を平和に生きるとき、「仲間」を作る必要はありません。すべての人が神の子、兄弟姉妹だからです。

 こどもたちが神との間に平和を得るとき、安心して生きることができます。どんな人とも神の子同士の関係を生きることができます。夏の間、離れていても、神の子たちは互いのために祈って過ごします。おともだちが守られますようにと。

チャプレン 末竹十大

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